八重山舞踊とは
八重山は大小様々な島からなる歌と踊りの島です。
沖縄本島の芸能と深く関わりあいながら、豊かな自然の中で育まれてきたのが
八重山芸能。
その特徴は、人々の生活と密接に結びつき、祭りの舞踊、奉納舞踊、祭祀芸能
としての原形を多く留めているところにあります。
その中で勤王流は、謎に包まれながらもその風格は歴然としており、八重山舞
踊に一つの大きな流れを形成しています。
勤王流−1859年頃、首里王府宮廷舞踊の秘本をもとに比屋根安弼(安粥)
によって創られたとされています。二十二手の基本の型とそれを表現する心構え
を記した秘伝の書。
その基本の手と舞の心が、八重山の美しい民謡、節歌とともに受継がれ、今日
ある「八重山伝統舞踊勤王流」と発展してきたのです。
山里恵子までの勤王流の流れ
比屋根安弼−諸見里秀思−渡慶次長智−森田吉子−堀切トキ−山里恵子
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